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【漫画】『だがしかし』枝垂ほたる消失に至る考察 〜Amazonから『だがしかし』7巻が届いた!前編〜

はじめに 

2014年から連載が始まった『だがしかし』。

時が過ぎるのは早いもので、2017年3月17日に単行本第7巻が発売されましたね。 

発売日当日にAmazonから7巻が届き、すぐに読んでしまいました。

安定した(それどころか向上した)作画のクオリティと新展開でとても面白く、6巻発売当初に散見された『だがしかし』の今後を危惧する意見を封殺し見事にマンネリを解消した内容です。

そんなテコ入れに成功した『だがしかし』ですが、振り返ってみると大きな変化を物語が受け入れられる様にするための準備が多数なされていました。

本記事では『だがしかし』7巻に至るまでの流れの変化を再確認していこうと思います。

だがしかし 7 (少年サンデーコミックス)

だがしかし 7 (少年サンデーコミックス)

 

『だがしかし』変化の始まり

連載開始当初から大きな反響のあった『だがしかし』ですが、人気の理由は「駄菓子×美少女」という未知のジャンルに踏み込んだことが大きいと言えるでしょう。

駄菓子を愛する美少女「枝垂ほたる」の特徴的な目を含むキャラクターデザインも人気を博し、多くの人にとって馴染みのある「駄菓子」をベースにしたショート・ストーリーという構成で安定した人気を維持しつつファンを多く獲得しました。

そんな『だがしかし』に少しずつ変化が起こり始めたのは単行本第5巻です。

 『だがしかし』第5巻に収録されている第92かし「ミルメーク」のあるページを見てみましょう。

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このやりとりは前ページで枝垂ほたるが台風によって落ちた看板を発見し、鹿田ココノツに「駄菓子屋を継ぐなら頑丈な看板を」と提案した際のものです。

第5巻を読んだ当時は単純に古びた看板の背景を推察することなく合理性のみに重きをおいた提案をした枝垂ほたるが「色んな形がある」と納得する流れと理解し、今でもそれ以上に深い意味は無いと考えていますが、後の話の起点になっていたとも考えられます。

ここでいう「起点」とは、第5巻まで一部例外はあるとはいえ毎話駄菓子を紹介するショート・ストーリーの形で続いていた流れを変えるきっかけという意味です。

それまで登場人物の背景や設定を強く意識させられる話が殆ど無かった『だがしかし』において、第92かし「ミルメーク」で初めてほんの僅かとはいえ古びた看板を通し鹿田ココノツの過去の思い出が枝垂ほたる・読者に共有されました。

安定した人気を維持し2016年1月にはアニメ化もした同作が連載長期化への舵取りを始めた時であり、危惧されていたマンネリを解消するためのテコ入れがここから少しずつ始まっていきます。

第6巻「枝垂ほたる」の消失

そして第6巻で「枝垂ほたるの消失」という決定的なテコ入れが行われました。

だがしかし 6 (少年サンデーコミックス)

だがしかし 6 (少年サンデーコミックス)

 

 今になって第6巻の表紙を見ると、過去の表紙と比べて何だかシリアスな雰囲気の漂う異質な印象を受けますね。

『だがしかし』第6巻表紙において枝垂ほたるが手に持っているのは第106かし「ホームランバー」で紹介されるホームランバーの当たり棒であり、同話は枝垂ほたるが鹿田ココノツに別れを告げる第107かしの導入回となっています。

第107かし「花火大会」はテーマになる駄菓子も登場しないため、実質鹿田ココノツと枝垂ほたるが最後に会話をした「だがし」はホームランバーでした。

枝垂ほたるが「当たり棒」を引いたという点も興味深く、単行本第2巻第24かし「やったー!メン」で紹介された枝垂ほたるの「駄菓子で一度も当たりを引いたことがない」という設定が、若干あからさまではありますが活用されています。

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当たり棒を鹿田ココノツに「アナタが持っていて」と言って渡し、枝垂ほたるは『だがしかし』から姿を消します。

物語のメインキャラクターがいなくなるという衝撃の展開ですが、読者にも受け入れやすい様それまでに幾つかの準備が施されていました。

第92かし「ミルメーク」とリンクする第105かし「追憶」

枝垂ほたるという登場人物の明るい性格と駄菓子が大好きという設定は多くの話の起点になっていました。

扉絵でクールな表情でいることはあっても話の中では笑顔が多く、そのぶん第92かし「ミルメーク」上の画像の5コマ目の表情に少し驚いた方もいるのではないでしょうか。

個人的な考察ですが、第92かしでほんの少しだけ読者へ印象づけた枝垂ほたるの影をやんわりと回収しつつ「消失」を促した回が第105かし「追憶」だと考えられます。

第105かし「追憶」はたったの9ページという非常に短い回で、枝垂ほたるの過去が簡潔に紹介されています。

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かつて幼い彼女が足繁く通っていた小さな駄菓子屋の跡地を見つめる表情は、読者に考えることを促している様です。

このページの後に枝垂ほたるは鹿田ココノツに電話をかけ、「私ね シカダ駄菓子が好きよ」と伝えます。

更地になった駄菓子屋と台風で看板が落ちてしまうボロボロな「シカダ駄菓子」が枝垂ほたるの中で重なっているとした場合、第92かし「ミルメーク」においてもこの潰れてしまった駄菓子屋の存在が彼女の意識にあったと考えられます。

第92かし「ミルメーク」と第105かし「追憶」の時系列

第92かしと第105かしの両話に焦点を絞ってみると、両話の時系列がどのように設定されているのかを考察する必要も生じます。

もちろん連載順から「92かし→105かし」の時系列であるとして問題は無いと思いますが「92かし→105かし」「105かし→92かし」どちらの時系列でも意味付けは可能な様に描かれているため、ここではそれぞれの場合について枝垂ほたるの心の動きを推察してみましょう。

「92かし→105かし」の場合

 この場合第92かしにおける上の画像5コマ目における枝垂ほたるは、鹿田ココノツの「小さい頃に〜」という台詞に対応して昔通っていた駄菓子屋を思い出していたと考えることができます。

当然ですが既に彼女はその駄菓子屋が潰れていることを知っていたでしょう。

毎日のように通っていた訳ですし、廃業から更地への過程も強く記憶していたと考えられます。

第92かしにおいて枝垂ほたるは鹿田ココノツとの会話の最後で「今なら、よく眠れそうな気がするわ」と笑顔で伝えます。

今はもう更地になった昔の駄菓子屋を想い、今ある「シカダ駄菓子」の存在が眠れなかった彼女に安心を与えた結果生まれた台詞と考えるのは強引でしょうか。

そんな彼女の心情を婉曲的に説明した回が第105かしだとすると、上の画像における枝垂ほたるは今あるシカダ駄菓子の存在を踏まえつつ更地になってしまった駄菓子屋のことを忘れることがないよう敢えて何もないと知っている場所へ来た、「離別」と「感謝」の入り混じった表情の様に感じられます。

「105かし→92かし」の場合

105かしの役割は枝垂ほたるという人物の背景の補足なので、105かしと92かしの間にどの程度の時間の間隔がおかれているのかはあまり問題ではありません。

鹿田ココノツと枝垂ほたるが出会った以降ならいつでもよく、むしろそれ以前に定期的に枝垂ほたるは105かしの様に更地になってしまった駄菓子屋に赴いていた可能性もあります。

第105かしにおいて、幼い彼女は厳つい駄菓子屋の店長に「それじゃせっかく来たお客さんも走って逃げちゃうわ。もっとにこやかにしないと!」とアドバイスをします。

『だがしかし』における枝垂ほたるの目的が一貫して「シカダ駄菓子屋を鹿田ココノツに継がせる」である様に、手段は違えど彼女の行動には駄菓子屋を絶やさないことが常に目的として設定されています。

それは幼い頃から一貫しており、『だがしかし』における枝垂ほたるの行動は彼女にどうすることも出来なかった昔の駄菓子屋の様な最後をシカダ駄菓子に訪れさせないようにする為のものだと考えることができますね。

第105かしにおいては「ほとんど他のお客を見たことないわ」「今の子は もう駄菓子じゃ喜ばないのかもなぁ」と廃業に至る理由として経済的な面が印象づけられていますが、第92かしの彼女の言動から考えてみると通っていた駄菓子屋が廃業した理由は経済的な問題と一概に言うことが難しくなり、むしろ加齢による営業困難が合理的な理由だと感じられます。

なぜ枝垂ほたるは物語上から姿を消したのか

『だがしかし』7巻において、なぜ枝垂ほたるが6巻で鹿田ココノツの前から姿を消したのかという理由は説明されません。

またそういった展開に至る過程をこの記事の様に再確認してみても、ある日突然枝垂ほたるが消失する妥当な理由を見つけることはできませんでした。

マンネリ化解消とは言え一時的にメインヒロインを物語から遠ざけていた理由はこれから説明されるとは思いますが、第105かし「追憶」の様に婉曲的な説明をすることは難しいでしょうし、かといってギャグ調で説明されても「マンネリ解消」という目的が露骨になるだけです。

これまでの『だがしかし』の安定した話作りから考えると杞憂に終わるとは思いますが、6・7巻での展開が大きかっただけに今後の説明が気になる所ですね。

おわりに

7巻をAmazonで購入したという記事にする予定でしたが、結局7巻の内容に殆ど触れること無く終わってしまいました。

色々と考えてみましたが、あまりこういった考察はギャグ調の漫画に相応しくないのかもしれませんね。

頭を空っぽにしてもう一度1巻から軽い気持ちで読み直してみようと思います。

後編では7巻の内容やAmazonから届いた際の状態などをご紹介します。